イランという国




イランの国土の大半は、海抜1000〜1500mのイラン高原が占めている。南はペルシア湾で、北はカスピ海に面するその面積は、日本の約4.5倍である。
イランの四季ははっきりしており、春は3月後半から5月で、秋は10月から11月だ。
かつてはペルシアと呼ばれていたが、1935年にその呼称は廃止された。現在、正確には「イーラーン」と発音し、「アーリア人の国」との意である。
イランの公用語はペルシア語で、イラン人の大部分はムスリムだ。人口の約90%が、イランの国教のシーア派12エマーム派を信仰している。
イスラム世界全体をみると、圧倒的多数を占めているのがスンナ派だ。かつてイランでも、16世紀のシーア派の国教化以前は、スンナ派が多数派だった。しかし現在は、9パーセントのスンナ派である。その信者の多くが、クルド人だという。そのほかのイラン人は、キリスト教やユダヤ教、ゾロアスター教を信仰している。
イランには、紀元前7000年ごろより人々が住んでいたという。現在の大部分の人々は、インド・ヨーロッパ系の人々で、南ロシアのステップ地帯から来たといわれている。人々がイラン高原に移住してきたのは、紀元前2000年紀だったそうだ。
イランの歴史時代は、紀元前3000年ごろの原エラム時代に始まる。アーリア人の到来以降は王朝が建設されて、アケメネス朝が成立した。紀元前550年に即位したキュロス大王のもと、インダス川からエジプトまでも支配する、史上初の世界大帝国を築いた。
往時、民族間の経済的・文化的な交流が展開された。整備された交通網は、後世の「シルクロード」として、東アジアとメソポタミアを結んだのだった。



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