タシケント通りからホテルへ



レギスタン広場を出ると、その北側のタシケント通りに、ドームもミナレットも飾り気のないモスクが建っていた。建物全体が、土色である。何というモスクか? ガイド氏に訊くと、モスクではなくて、「チョルスー」だという。つまり、交差点に設けられた、往年の商店である。ブハラには多く見られたが、サマルカンドに残っているのは、このチョルスーぐらいだという。
面白いことにこのチョルスーは、中央アジア最大のビビハニム・モスクの残骸を集めて、十八世紀に造られたそうだ。売る商品は、主に帽子だという。実に、巨大な構えの帽子屋である。現在工事中で、美術館に生まれ変わるそうだ。
ホテルに戻ったのは、午後五時過ぎだった。地階のチャイハナでの夕食は、七時からだ。時間はたっぷりあるので、ゆっくりと湯に浸かって、冷えた湯上りビールを楽しもう。

夢うつつだったが、ドアをノックする音で目覚めた。耳を澄ますと、確かにわたしの部屋をノックしている。それにしても、控え目なノックの仕方だ。時計を見ると、午前六時を回っていた。
わたしは飛び起きて、ドアに近づいて言った。
「フー・アー・ユー(あなたは誰)」
すると、聞き覚えのあるアレックスさんの言葉が返ってきた。
「フルカット・アレックスです。イトウさん」
頭の中に閃光が走るごとく、とっさに「キャビアの件」を思い出した。急いでドアを開けると、にこやかな笑顔のアレックスさんが立っていた。
部屋に招き入れると、彼は、手にしていたビニール袋を、ベッドの上に置きつつ言った。
「お約束のキャビアが手に入りましたので、持って来ました」
アレックスさんは、中味のキャビアを取り出して、指を指しつつ言った。
「ロシア産のキャビアの中でも、このように書かれているものが、最高の物です」
むろんわたしは、ロシア語はチンプンカンプンなので、彼の言葉を信用して頷いた。
アレックスさんは、昨夜も来て、さらに電話もしたという。しかしわたしは、夕食後部屋に戻り、寝酒を呑んで泥のように眠ってしまったので、気付かなかったのだ。彼にそんな旨を伝えると、頷きつつ言った。
「そうだと思いました」
アレックスさんにはお礼を言って、代金を払った。希望通り三個、安く買えた。お釣りは取らずに彼の手間代としてもらい、帰国までにクラブで会う約束をした。



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