エーゲ海沿岸のエフェスの遺跡



昼食をとったレストランから、バスで10分ほどのところに遺跡があった。
ここは、紀元前10世紀ごろから建設が始まった古代都市の跡で、エーゲ海最大級の規模といわれている。往時、多くのギリシア人が移住してきて、神殿を中心に、大いに繁栄したそうだ。
この都市遺跡には、ヘレニズム時代の大劇場や、コリント式、イオニア式の建築物が見られる。現在残っている建物の多くは、ローマ時代に造られたものだ。



遺跡の石畳を歩いていると、黒猫が近づいてきた。バムッカレのヒエラポリスの遺跡でもそうだったが、人懐こい猫で、いつのまにかわたしの足に擦り寄っている。
その猫は、鼻から首、腹にかけては白かった。それはまるで、鼻の部分だけを切り欠いた、黒いお面を被ったような姿だった。わたしがカメラを構えると、招き猫のように行儀良く座ってポーズをとってくれた。
2本の石柱にヘラクレスの彫刻を施した、ヘラクレスの門を抜ける。このクレテス通りの石畳の両側には、石組みの建物が並んでいる。その一画には、見事なモザイクも残っている。
右手に見える曲線を描いた門は、ハドリアヌス神殿だ。2世紀のローマ皇帝ハドリアヌスに捧げられた神殿で、正面玄関の装飾が美しい。アーチの中央には、女神ティケが。奥の門には、両手を広げたメドゥーサが彫られている。



どの建物も、石積みの下の部分と、半ば崩れかかった壁しか残っていない。スコラスティカの浴場だったという、細い道を入った先に、古代の公衆トイレがあった。
隣との仕切りはなく、石組みされた中央が刳り貫かれてある。長いベンチ状になっており、並んで腰掛けるようになっている。まさに、公衆トイレだ。下には下水溝が通っていて、往時は水が流れていたという。つまり、古式の水洗トイレである。
Gパンのままで座ってみるが、なかなか座り心地が好い。それに両隣の人とも、世間話もできそうだ。今でも立派に使えそうであり、当時の文化の高さが窺える。
近くには、娼館があった。マーブル通りにも面している、旧時は良い場所だったという。「マーブル」とは名のごとく、大理石の道だ。
小さく区切られた部屋が、いくつもあり、ここに遊女たちが住んでいた。当時は、中庭式の二階建てだったそうだが、現在は一階部分しか残っていない。トラヤヌス帝時代に造られて、床などにはモザイク画が残っている。かつては、さぞや華やかな花街だったことだろう。
娼館の突き当りを右に行くと、マーブル通りに出た。
ここは、アルテミス神殿へと続く聖なる道の一部で、この通りの下は、かつては水路になっていたという。道の一部に、ローマ時代のワダチが見られ、先ほど入った娼館への細い入口が、こちらにもあった。



道の左側には、見事な二階建てのケルスス図書館の建物がある。ローマ帝国時代、アジア州執政官だったケルスス。その死後、墓室の上に記念として、息子が築き上げた図書館である。地震や火災などで相当破壊されたが、1970年代に修復された。
当時12万冊の書物が所蔵されていたともいわれ、それはアレキサンドリア(エジプト)とベルガモン(トルコ)とともに、ローマ時代の三大図書館に数えられていた。
やや歩いた通りの敷石に、足型や女性像などが刻まれていた。これは、娼館への道標である。左足を型上に乗せて、この足よりも小さい人、つまり子どもは行ってはいけないのだ。
右側に刻まれた女性像は、「女の子が待っている」との意味である。その下に刻まれたお金は、「お金を持っておいで」と印しているのだ。
左上のハートのマークは、「心を込めてサービスする」の意だ。その下にある足型は、娼館の方角を示している。
「ここに来た商人たちは、儲けた金をここで巻き上げられていたのです」
説明をしていたガイドのTさんは、笑いながら言った。



アゴラと呼ばれる、古代の都市の広場を見やりつつ歩く。その左手に、アルカディアン通りが見えてきた。この通りは、エーゲ海の港から大劇場を結んだ、幅11メートルで、長さ500メートルの大理石の道路である。
港方向の遠方には、小高い山が見える。きっと、その辺りから上陸して、このエフェスの都市に入って来たのだ。クレオパトラもこの道を歩いて来たというから、いわば、クレオパトラ道でもあろう。
このマーブル通りの右手に、大劇場がある。山の斜面に沿って造られた野外劇場で、演劇の上演や、民会の会場になっていた。往時の市民にとって、大切な場所でもある。創設されたのはヘレニズム時代で、ローマ時代に拡張されている。



半円形の擂鉢状の劇場は、実に巨大である。観客席は直径154メートルで、高さ38メートルあり、2万4千人が収容できる規模だ。4世紀ごろは、剣士と猛獣との闘いが行われていたそうだ。客席との間には、危険防止のために壁で仕切られていたという。
どの遺跡も、崩れた石の間には草が茂り、スズメやカワラヒワのような小鳥たちが飛び回っていた。真っ赤な、ケシの花が鮮やかだ。
再び、クレテス通りに戻り、入口ゲートに出た。近くの家の前にある、大木のアーモンドが花盛りだった。木全体に、雪が積もったかのように咲いていた。




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