民族の交差点・カシュガル



カシュガルの空港に着いたのは、午後9時過ぎである。ウルムチから、約1時間50分の飛行だった。ポツポツと降っている雨を指差しつつ、ガイド氏は言った。
「今年4度目の雨です」
その降り方は、わたしの見た目では雨のうちに入らないほどの霧雨だ。しかし砂漠地帯の都市では、宝石と等価な天からの贈り物に違いない。
タクラマカン砂漠の西端にある、3千年の歴史を持つオアシス都市・カシュガル。標高1200mで、古くからシルクロードの要衝として栄えた、中国西端の町である。それは、イスラムの拠点都市として、ウイグル民族の事実上の首都でもある。カシュガルは、東トルキスタン西部の中心都市として、シルクロード交易とともに栄えてきたのだった。
「カシュガル」とは、古代イラン語やペルシア語、テュルク語で「玉の市場」との意である。またモンゴル語では、「絶色の屋根を持つ建物」といわれ、さまさまな説がある。
 カシュガルに住む人は、80パーセントが土着のウイグル族だ。その他、ウズベク人やキルギス、タタール、オロスなどの少数民族が暮らしている。しかし、年々民族が首都カシュガルに入植しつつあり、ウイグル人は益々隅に追いやられている。その居住区も、漢民族とウイグル族とは、はっきりと分かれている。
オアシス都市・カシュガルの土地は肥沃であり、モモ、ブドウ、イチジク、アンズなどの果実が豊富である。オアシスの豊かな水を利用して栽培された、それらの果実は交易品としてうってつけの産物だった。
中央アジアからインド、中国本土へと延びる、交通路の交わったカシュガルは、古くから交易の要衝として栄えていたのだった。
近年、中国各都市からの鉄道アクセスの基盤が整い、南疆鉄道のコクラとカシュガル間が、1999年に開通した。




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