店先に並ぶ酒の数々


夕暮れとともに、カシュガルの町は賑わってくる。暑い日中は人通りも途絶えていたが、黄昏になると屋台が並び、どこからともなく人々が集まってきた。
夕食後、ツアー仲間とともに夜店や屋台を冷やかしながら、ぶらり散歩をする。小さなレストランが軒を連ね、どの店先にも、ビア・ガーデンのスペースがある。空いていた、店の前のテーブルに落ち着く。
早速、冷えた「新疆ビール」とシシカバブで、乾杯をする。
焼きたての羊肉は柔らかく、臭味もなくて旨い。明日は、タクラマカン砂漠沿いに、ホータンまでのハードな旅が予測される。「宿酔いは禁物だ!」と案じていたが、冷えたビールが喉元を通過したとたん、そんな思案も胃袋の隅に押し流されてしまった。
それにしてもこの店には、多くの種類の酒瓶が並んでいる。どれも土産用のようだが、見慣れないラベルばかりである。しかし、今までの中国の旅の経験から、むやみに手を出さないことにしている。
アルコール度が、5、60度ある酒がわんさかあるのだ。いつも目印にしているのは、度数が日本酒と同程度のラオチュウである。これなら、日本の中華料理店でも飲み慣れているし、わたしの好みの酒でもある。
とはいっても、アルコール度の低いビールがお勧めだ。調子に乗って、旅先で呑み過ぎてしまうと、翌日の旅が辛い。これは何度も経験したことであり、分かっちゃいるけど同じことを繰り返してしまう、呑兵衛の宿命といえようか。
中国のビールは、ドイツ仕込みの「チンタオビール」が筆頭であるが、地方では水っぽいビールが多々ある。
今このビア・ガーデンで飲んでいる「新疆ビール」は、まずまずのクラスだろう。とはいっても、呑兵衛にとって旅先では、贅沢は言っていられない。そこにあるものを、飲むしかないのだ。



長い歴史のある中国は、当然、酒の歴史も深い。ざっと数えても、千種類以上あるというから、「酒ならなんでもいいや」という訳にはいかない。
中国酒を大きく分けてみると、白酒と黄酒、ピー酒、果酒の三つに分類できる。その他に、スッポンやマムシ、コブラ酒などの薬酒も、さまざまある。
コーリャンを原料にした「白酒」は、アルコール度が50度以上ある。その種類もさまざまであり、安いからといって手を出すと、とんだ目にあってしまう。いい気になって飲んでいると、たちまち酩酊してしまう。悪酔いしたあげく、足腰を取られ、宿酔いが待っている。わたしのような通りすがり旅人が、むやみに手を出さない方が無難だろう。
しかし、白酒の最高峰の「茅台酒」は、別格である。味と香りが素晴らしくて、わたしのお好みの酒だ。300年以上の歴史を持ち、国酒として認められているので、値段も最高峰だ。これこそ、中国が世界に誇る銘酒だろう。
「黄酒」はラオチュウ(老酒)のことで、紹興酒の名で日本でも親しまれている。原料はモチ米で、アルコール度は17度前後なので、日本酒とさほどかわらない。有名な銘柄は、中国の18大銘酒の一つになっている「加飯酒」や、ラオチュウの中の特級品といわれている「花彫酒」がある。
浙江省で造られたラオチュウに、「女児紅」がある。女の子が生まれると、そのときに仕込んだラオチュウで、その子が嫁ぐ日まで、土中に寝かせて置くという。結婚するときに開封して、飲むという習慣があるそうだ。それに、そのラオチュウを売って、結婚資金に当てるという。
「ピー酒」とはビールのことで、中国でも最も親しまれているアルコールである。最近は、日本のビールも人気上昇しているようだ。
ビールは、北京や上海、西安、蘭州などの地によって、アルコール度も味も違う。気の抜けた水のようなビールもあるが、「チンタオビール」を出頭に、「北京ビール」や「五泉ビール」も気に入った。
「果酒」は、ブドウやリンゴなどから造る酒だ。醸造酒や白酒をベースに、果汁をブレンドして造られる。果物の産地の山東省・煙台や、シルクロード方面の葡萄酒が有名だ。天山山脈の雪解け水が、カレーズを通ってトルファンの砂漠を潤し、そこで育てられたブドウからできた、貴重な葡萄酒である。
「君に一盃を勧む、君辞するなかれ……心中は酔時、醒時より勝るを」との白居易(白楽天)の詩を思い浮かべる。
四千年も前の遺跡から、多くの酒器が発掘されているごとく、中国人と酒との係りの古さを垣間見る思いである。



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