妖艶なベリーダンス


 街中のメイン道路でバスを降り、脇道をしばらく歩くと、目的のレストランに着いた。入口脇の壁には、たくさんのベリーダンサーの写真が貼られていた。
ドアを開けて、驚いた。まだ踊りが始まっていない、午後8時半を過ぎたばかりだというのに満席である。「もっと早く来ればよかった」と話しながら、一段高くなった後方の席に着いた。
注文した料理とビールが、すぐに運ばれてきた。肉は大きくてすこし硬いが、味が好い。空腹だったので、食べる方に集中していた。
ほどなくして舞台に照明が点き、ショーが始まった。スポット・ライトを浴びて踊る細身のダンサーは、激しく体をくねらせている。しなやかな体は、波打っている。わたしは食べながら、ビールを飲みつつ眺めていた。すると、2年前に訪れた、サマルカンド(ウズベキスタン)での「ベリーダンス・ディナーショー」の光景が瞼に甦ってきた。


わたしのテーブルの傍で、ダンスが始まった。艶かしい服装で、体を鞭のように反らせ、激しく揺すっている。我々のテーブルの人たちは、持っていたフォークやナイフ、それにグラスなどを宙に静止したまま、全員の視線がダンサーに注がれていた。わたしは誘われるままに、ダンサーと一緒に踊った。
向かいのテーブルにいる、トルコからの観光グループは、家族どうしで踊っている。その中でも、だいぶ酔っている中年氏。彼はダンサーの頭上から、手にした札を撒いていた。わたしは唖然として、手慣れた仕草のそんな情景を眺めていた。きっと、金持ちのトルコ人なのだろう。
「暗くて上手く撮れませんね!」
テーブルの向かい席にいる、Mさんが言った。その言葉に、わたしは現実に引き戻された。Mさんは舞台の近くへ、写真を撮りに行ったと言う。すでに、踊り子が代わっていた。
混み合っているので、トイレの行くのも容易ではない。通路が通れないので、ボーイに指示された厨房から、舞台裏へ迂回して行く。そこにはダンサーが、階段を椅子代わりに腰掛けていた。わたしと目が合うと、ニコリとした。まだ、十代の若さであろう。
ダンサーが、カメラマンとともに客席を巡って来た。所々で止まっては、客と一緒に写真を撮っている。むろん、後でその写真を売るためだ。ちょうどビールを飲んでいるとき、後から来たダンサーは、わたしの肩を叩く。「買わないよ!」と、心の中でつぶやきつつ、カメラの方を向いた。
ところで、体をくねらせて踊るベリーダンスとは。それは、「腹」の意味だという。なるほどと思うのは、腹部を盛んに波打たせている。くねらせているのは、腹筋を回転させてバランスをとり、腰や肩を床と平行に、別々に動かしているからだ。
ベリーダンスの歴史は古く、イスラム時代以前のエジプトから伝授されたそうだ。アラブ文化圏では、ベリーダンスを「東方踊り」といい、トルコでは「オリエンタル・ダンス(東方舞踏)」と呼ばれているそうだ。
舞台から一番奥にいる我々は、出るときもいちばん最後である。でもわたしは、飲んだ2本のビール代をまだ払っていない。ボーイが集めに来るのだが、そのボーイも厨房に引っ込んでしまった。




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